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東京家庭裁判所 昭和40年(少イ)32号 判決

被告人 川田和生

主文

被告人を第一の罪につき懲役六月に、第二の罪につき罰金二万円に処する。

右罰金を完納することのできないときは、金千円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

但し本裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(一)  罪となるべき事実

被告人は、東京都品川区大井一丁目二七番六号に妻川田シズ子名義で「トルコ温泉千一夜」なる屋号の営業所をおいてトルコ風呂営業を営むものであるが、

第一、法定の除外事由がないのに、昭和四〇年六月二三日頃から七月二日頃までの間児童である○島鶏○好(昭和二三年八月七日生)を適切な年齢確認の方法をつくさず、これをいわゆるミストルコとして雇入れ、右児童を午後二時頃から午前一時三〇分頃までの営業時間中前記営業所に待機させたうえ、順番または客の指名によつて入浴客に個々につかしめて同営業所内の外部から見透すことの困難な個室内において、水着を着用しただけの姿の右児童をして入浴客の裸体を流してマッサージをするほか、俗にスペシャルと称し男客の陰茎を手淫するなどの行為をなすに至らしめ、右児童をトルコ嬢として使用し、もつて児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的をもつて児童を自己の支配下におき、

第二

(イ)  従業者木村貢において、法定の除外事由がないのに、昭和三九年五月初頃から同年八月末頃までの間児童である○栗ふ○子(昭和二三年三月三〇日生)を適切な年齢確認の方法を尽さず、これをいわゆるミストルコとして雇入れ、右児童を午後二時頃から午前一時頃までの営業時間中前記営業所内に待機させたうえ、順番または客の指名により入浴客に個々につかしめて同営業所内の外部から見透すことの困難な個室において袖なしのブラウスにショートパンツ姿の右児童をして客の裸体を流しマッサージをするほか、俗にスペシャルと称し男客の陰茎を手淫する等の行為をなすに至らしめ右児童をミストルコとして使用し、

(ロ)  従業者木村貢等において、法定の除外事由がないのに同年七月中旬頃から同年一〇月末頃までの間児童である○井ハ○エこと○井ハ○江(昭和二二年二月八日生)を適切な年齢確認の方法を尽さず、これをいわゆるミストルコとして雇入れて右児童を午後二時頃から午前一時頃までの営業時間中前記営業所内に待機させたうえ、順番または客の指名によつて入浴客に個々につかしめて同営業所内の外部から見透すことの困難な個室内において袖なしのブラウスにショートパンツという姿の右児童をして客の裸体を流しマッサージをするほか、俗にスペシャルと称し男客の陰茎を手淫する等の行為をさせて右児童をミストルコとして使用し、もつて、それぞれ児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的をもつて児童を自己の支配下においた

ものである。

(二)  証拠の標目(編略)

(三)  法令の適用

(1)  第一の事実につき、児童福祉法第三四条第一項第九号、第六〇条第二項第三項

(2)  第二の事実につき、児童福祉法第三四条第一項第九号、第六〇条第二項第三項第四項

刑法第四五条第四八条第二項

(3)  尚、刑法第一八条、刑法第二五条

(四)  弁護人の主張に対する判断

弁護人は、被告人が本件において児童を自己の支配下において稼動させたのは、「正当な雇用関係」に基くものであるから、被告人は児童福祉法によつて刑事責任を問われる筋合でないと主張する。しかし当裁判所はその主張を採用しない。

そもそも児童福祉法第三四条第一項第九号の目指すところは、児童に対して支配関係を有する者が、これを利用して稼動させ、そのあがりをせしめ、或はその心身の健全な育成を阻害するような事実から児童を守り、児童福祉の理念を実現することに寄与しようとするものである。そのために、児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的で、児童を自己の支配下におくこと自体を禁止しているものである。従つて雇傭関係の正当性も、単に労働関係法規における契約自体の合法性正当性からのみ判断されるべきでなく、その雇傭状態の全般から判断し、かつ児童福祉法の精神に基いて解釈されなければならない。即ち正当な雇傭関係に基づく場合として許されるためには、その雇傭関係の社会的妥当性、倫理的社会的評価、その雇傭関係により児童にさせる行為の児童の心身への有害な影響の程度、その他もろもろの事情に照らし、その雇傭関係の内容が児童福祉法の精神、ひいては児童福祉の理念に照らして正当なものとされるものでなければならない。

このような考えから本件トルコ風呂におけるミストルコの稼動状態を見ると、それ自体当然深夜に至り、時には夜明近くまでに及ぶことである上に、一八歳未満の女性が個室において男性の全裸体を流し、マッサージすることである。そのことだけでも児童の心身に有害な影響を与えるものというべきである。更にトルコ風呂なる業態自体が一般に、裸体の流しやマッサージによるチップ代のほか、いわゆるスペシャル等の性的なサービスにより不当の収入をトルコ嬢が得ることのあるべきことが予想されており、そのことが結局客足を繁くさせることにもなりそれなくしてはトルコ風呂営業自体が一般的には成り立たないとさえいえよう(このことは本件において大野証人、木村証人も証言しているところである)。

以上のような見解に従えば、本件における児童の雇傭関係が「正当な」ものであつたということはできない。

尚第二の事実につき、被告人は木村等の従業者の違反行為を防止するため相当の注意及び監督をしていたことを主張するが、児童福祉法第六〇条第四項にいう相当の注意及び監督が尽されたときとは、一般的抽象的なものでは不十分であり当該児童につき具体的にその年齢確認等のため通常考えうる万全の方法をとつたときに限定されると解すべきであり、本件において何等そのような事実があつたとは認め難いので、被告人に免責事由があるとはいえない。

(五)  量刑について

被告人は、トルコ温泉千一夜のほか前記同区五反田一丁目二七八番地五反田トルコ等の建物の内部に社長室を持ち、多くの使用人をかかえ、いわゆるワンマン的に実権を握りトルコ風呂の営業その他の業務を行つて来た者である。

かつ地元においても色々のつながりの中に声望と実力を有し、政界方面にも有力な知友を持つているもののようである。かかる立場にあるものとしては、特にこの種の営業において、児童の福祉を深く念願し、とかく乱れ易い今日の世相の中での風俗的業態にきびしい自戒をなし、それを現実に具現しようとする責任があるものといわねばならない。しかるにその点の配慮に欠け、本件を犯したわけで、その情状はよろしくなくその社会的責任は重いといわねばならない。

児童福祉法は、戦後立法された諸法律の中でも、とりわけ児童の福祉について国民全般につよい責任のあることをうたい、とくに児童保護のための幾多の禁止行為を規定し、他の法令に類例の少ない程のきびしい責任を当該違反者に求めている。これは畢竟新憲法下過去の過誤を精算し、次代の国民を健全に育成し、新に国を再建しようとする国民の悲願のあらわれというべきである。この種の事案の裁判をとくに少年の審判と保護育成を主要な任務とする家庭裁判所にゆだねているのも、その精神をうけて児童保護を実現するための刑事政策を完うしようとするものと解することができるのである。これを単なる行政法規違反と解することは、法の精神を十分理解したものとはいえない。

これらの考えに立脚し諸般の事情を考慮すると、被告人の本件違反行為については、第一第二の事実において夫々懲役刑と罰金刑を選択してこれを科するのが相当である。むしろ被告人のような立場にある者はきびしくその社会的責任を感じなければならない。

しかしながら、被告人は少くもこの種の事案としては初犯であるし、もともと故意に本件違法行為を犯 したものでもなく、日頃従業員に対して違反行為のおこらぬよう一般的な注意をしていたことは認めることができる。また本件の後において、トルコ風呂の営業の仕方にいろいろ改善の手を加えている事実もあり、反省の態度を示していること故その情状をくみ、この際むしろ懲役刑についてはその執行を猶予するを相当と認め、本裁判確定の日から三年間その刑の執行を猶予するものとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 森田宗一)

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